福岡高等裁判所 昭和44年(行コ)21号 判決 1970年7月20日
控訴人
建設大臣
代理人
上野国夫
外四名
被控訴人
長崎県酒類卸商業協同組合
代理人
木村憲正
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。
事実《省略》
理由
一、長崎県知事が、被控訴人に対し、昭和三七年一二月一〇日付をもつて長崎国際文化都市建設計画大波止土地区画整理事業地区内にある被控訴人所有の長崎市元船町二丁目七番の二、同所一六番の一の各土地につき仮換地指定処分(以下第一次処分という)を行い、被控訴人はこれに対して昭和三八年二月一三日付で審査請求をしたこと、右審査請求について審査庁たる控訴人はその目的たる前記第一次処分が昭和四四年二月五日取消され、消滅したから右審査請求は不適法であるとの理由で昭和四四年四月三〇日付の裁決でこれを却下したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、前記第一次処分の通知書を被控訴人が受領して右処分内容を知つたのは昭和三八年二月五日頃であり、控訴人の本件裁決は昭和四四年四月二八日付で為されたことを認めることができ、他にこの認定に反する証拠はない。
二、<証拠>に、弁論の全趣旨を綜合すると、
(一) 被控訴人所有の前記各土地(以下従前の土地という)は、いずれも宅地で地積は七番の二が274.38平方米、一六番の一が27.20平方米の合計301.58平方米であつたところ、長崎県知事は第一次処分でこれに対する仮換地として、二街区三号の244.62平方米を指定(いわゆる飛び換地)したこと、
(二) その後同知事は、被控訴人に対し昭和四四年二月五日付「仮換地指定変更について(通知)」と題する書面をもつて前記第一次処分を変更し、改めて先に指定されたと同じ場所に街区番号・画地番号は同一で面積のみ若干増加した274.38平方米の仮換地を指定したこと(以下第二次処分という)の諸事実を認めることができる。他にこの認定に反する証拠はない。
三、被控訴人は本件第二次処分によつて第一次処分が取消され、若しくは撤回されたと解することはできず、第二次処分は第一次処分中仮換地の面積を拡張変更したにすぎないから第一次処分は存続していると主張する(原判決請求原因第三項(一))。そうして第二次処分と第一次処分との内容上の相違点は単に仮換地指定の為された土地の面積を29.76平方米拡張した点にあり、その余は全く同一であることは被控訴人主張の通りである。しかしながら前掲甲第九号証(前記「仮換地指定変更について(通知)」と題する書面)の記載内容を検討すれば、長崎県知事は第二次処分を単に第一次処分の内容の一部変更として行つたものではなく、第一次処分と同質の行政処分として従前の土地につき改めて仮換地指定をやりなおしたもので、第二次処分は第一次処分と別個の独立した行政処分であり、第一次処分をこれによつて撤回する意思表示を含有するものと解される。成程仮換地指定は一旦これが為されると、それを前提として新たな法律関係、事実関係が形成されるからその撤回は右の法律関係や事実関係の当事者の権利を害し、法的安定性をそこなうおそれがあり、濫りに為されるべきでないことは云うまでもないが、絶対に許されないわけではない。本件についてこれをみるに、右第二次処分は前記の如く第一次処分により指定された仮換地を含み、街区番号、画地番号も同一で、かつ僅かながら地積も増加しているのであるから当事者たる被控訴人に不利益なものではなく、かつ全証拠によつても第一次処分を基礎として形成された法律関係、事実関係が覆滅されて関係者に損害が生じるような事情を窺うこともできないから右第一次処分の撤回は有効であると解するのが相当である。
もつとも、第二次処分がなされた昭和四四年二月五日当時は、被控訴人が前記の如く第一次処分に対する審査請求を申立てて六年近くを経過した後であるから、長崎県知事が右審査請求を却下させる為め、これを行つたというのであれば、本件土地区画整理事業の施行者として権利濫用の問題も生ずるわけであるが従前の土地の地積合計301.58平方米に対し本件第二次処分にかかる仮換地の地積は274.38平方米となり、原地換地ではないとしても減歩率も第一次処分より減少しており被控訴人の不服申立に対しその趣旨を汲み本件事業主体として換地計画に大きな変動を及ぼさない限度でできるだけの救済を計つた結果とも解されるし、他に前記の如き事業者側の害意を認めるに足る証拠もない。
他に以上の判断を左右するに足る証拠はなく、第二次処分により第一次処分は撤回されて消滅したと解するのが相当である。
四、本件裁決が誠実義務に違反して無効であるとする主張(原判決請求原因第三項(二))について。
この点について当裁判所も左記を付加するほか原判決六枚目表一一行目から同裏一二行目までに説示されているところと同一の判断をするのでこれをここに引用する。
(一) 本件第二次処分は前記の如く第一次処分とは別個の行政処分であつて新たな仮換地指定と解され、従つて被控訴人はこれに対し自由に審査請求ができたわけである(前掲甲第九号証によれば第二次処分についても六〇日内に審査請求ができる旨教示されていることが明らかである)。
(二) そうして審査請求は特定の行政処分の取消撤廃を求める申立であるから審査庁としてもその範囲内で審査請求の理由の有無を判断すれば足り、関連はあるにしても不服が申立てられていない他の行政処分の当否まで審理すべき義務はなく、また権限もないと解するのが相当である。被控訴人は、第一次処分につき審査請求を受けた控訴人は、被控訴人が第一次処分につき有していた不服を第二次処分に対して主張しないことが明瞭でない限り、第一次処分に対する審査請求を第二次処分に対するそれに変更するか否か釈明すべき義務があつたと主張するが(別紙被控訴人提出の準備書面参照)、前記行政不服審査の趣旨にてらして審査庁にかかる釈明を行う義務があると解することはできない。
また審査請求の変更といつても法には民事訴訟法第二三二条におけるが如き規定はなく、結局は第二次処分に対して審査請求を為すか否かを確かめるにすぎないから(民事訴訟における訴の変更も実質的には訴訟手続中における新訴の提起であつて、証拠調の結果等従前の訴訟手続の成果は当然利用できるにしても訴提起に伴う時効中断、期限遵守等の効果は訴変更申立の時点において判断されるのである)、かかる釈明をしたかどうかということは裁決に何等影響を及ぼさないといわなければならない。そうして被控訴人が第二次処分に対し審査請求ができる旨教示されていることは、前記認定の通りである。
五、法第二五条第一項但書違反(口述機会を付与しなかつたこと)の主張について。
(一) 本件審査請求において、被控訴人が口頭で意見を述べることを申立てたにかかわらず、控訴人はその機会を与えないまま本件裁決に及んだことは原判決六枚目裏末行から七枚目表五行目までに説示されている通りであるから当該部分を引用する。
(二) しかして、右裁決の内容は、前記の通り本件審査請求の目的たる仮換地指定処分(第一次処分)が取消され消滅したから審査請求は不適法となつたので却下するというにあるところ、右第一次処分が消滅したことは前記第三項に判示した如くこれを是認することができ、従つて本件審査請求は、その目的が消滅して審査の要件を欠くに至つたと云わざるを得ず、しかもかかる要件欠缺には、その性質上法第二一条所定の補正命令を発する余地もないから結局前記裁決は正当と解するのほかはない。
(三) 法第二五条第一項但書が、要件審理にも適用(ないし準用)されるか否かについて両当事者の見解が別れるが(イ)同条項但書によつて申立があるときは必ず口頭陳述の機会を与えなければならないとした趣旨が口頭審理の利点、すなわち、当事者の真意を把握しやすく、陣述の矛盾点ないし不完全なところを適宜釈明して明確にすることができ、争点整理も容易である等の長所を利用し結局申立人の権利利益の保護、救済を容易ならしめる点にあること、(ロ)要件審理は審査請求の理由の有無を判断する為の前提要件を審理するもので、本来職権主義が支配する行政不服審査争続においても特に職権主義が強い分野であること、(ハ)民事訴訟手続においても訴訟要件の審理は職権で行いかつその欠缺が補正できないときは口頭弁論を経ないで訴却下の判決ができること(民事訴訟法第二〇二条)、(ニ)法第二五条以下は本案審理の規定と考えるほうが法条の内容、序列にてらして調和がとれると解されること等の諸理由にてらして、当裁判所も控訴人主張の如く法第二五条第一項但書は、本案審理に関する規定であつて要件審理には適用も準用もされないと解するを相当と認める。
よつて、口述機会を被控訴人に与えないまま裁決したことを理由とする被控訴人の主張(原判決請求原因第三項の(三))は理由がなく採用できない。
六、してみると、本件裁決には違法の点はないから、取消を求める被控訴人の請求は理由がなく棄却せらるべきものである。
よつてこれと異る原判決は失当で本件控訴は理由があるから原判決は取消を免れない。そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文の通り判決する。(弥富春吉 原政俊 岡野重信)